コラム
あの見逃し三振がぼくを変えた
――蝦名達夫の変貌
2022/06/06
いい味を、出し始めた。
プロ3年目の外野手、蝦名達夫だ。
6月3日から始まった対イーグルス3連戦でスタメンに起用され、タイムリー1本を含む5本の安打を記録した。さらに四球を2つ選び、送りバントも2度、いずれも1球で決めた。カード勝ち越しの陰のヒーローと言っていい働きだった。
2番打者としてフル出場した同4日のゲーム終了後、蝦名は試合をこう振り返った。
「とにかく走攻守でしっかりアピールしようと思って臨みました。初回、ノーアウト二塁で、なんとか右に(進塁打を)打とうとした結果のフォアボール。(第4打席の)バントもしっかりと一発で決められた。後ろにつなぐバッティングであったり、長打だけではなくて小技であったり、自分が思い描いたとおりにできたのかなと思います」
アピールできましたね――インタビュアーからそんな一言を投げかけられると、蝦名は「はい」とうなずいた。
青森商業から青森大学を経て、2019年のドラフト6位でベイスターズに入団。ルーキーイヤーの2020年、当時のA.ラミレス監督にポテンシャルを高く評価され、一軍で開幕を迎えた。
結果的にはファームで過ごす期間が長くなったが、ファームでの打率は.333をマーク。夏の終わりに調子を上げると一軍に再昇格し、9月10日のタイガース戦でプロ初安打となる第1号ホームランを放った。
2年目の2021年、ファームで打率.307、9本塁打と好成績を残す。その日々を振り返って、蝦名は言う。
「バッティングにいちばん力を入れてきたなかで、昨シーズンは打てなくて、だんだんと落ちていった時期がありました。じゃあ、どうしようかと考えたときに、いい走塁や守備でのファインプレーが出てくると、おのずとバッティングもよくなるのかなという考えが出てきました」
打つこと以外に関してもレベルを引き上げる――。頭の中に思い浮かべたのは、同じ青森出身でライオンズに所属する外崎修汰の姿だった。
「ぼくが大学にいたころから、外崎さんは走攻守すべての面で活躍されていた。ぼくは、この体型にしては足が速いほうですし、コーチの方たちからも『足も使っていけたら幅が広がる』という話をいただいていました。アマチュアのときはバッティングにしか興味がなかったけど、昨シーズンは走塁にトライしていきました」
その賜物が、ファームで記録した18盗塁だ。ファーム監督の仁志敏久を「勘が非常にいい。こちらが要求する以前にスタートを切れる選手」とうならせた。
8月24日、一軍に昇格。翌9月に試練が待っていた。
9月9日のジャイアンツ戦、9回裏に代打として打席に立った。スコアは5-5の同点で、走者一二塁。一打サヨナラのチャンスだった。
それまでマウンドには左腕の高梨雄平がいたが、ジャイアンツベンチは右打者の蝦名に対し、右腕の畠世周を送り出す。この投手交代に蝦名は戸惑った。
「高梨さんをどう攻略しようかと考えていました。そこで右ピッチャーに代わって、整理できていない状況で打席に入って。スライダーの軌道なんかもイメージできないまま……」
リソースの大半が思考に割かれた。そのぶん体は動かなかった。
カウント2-2となり投じられた5球目のスライダーを、蝦名はなす術なく見逃した。そして、球審のストライクコールと同時にゲームセットを迎えた。
「ぼくの気持ちの弱さが出た。考え過ぎていたというか、腹をくくって打席に立てていなかった。試合のあとは、悔し過ぎてずっと寝られない日々が続きました。あの悔しさは、いまでもすぐ頭に浮かびます。でも、だからこそ、同じことを繰り返さないようにメンタル面も磨き上げてきました。あの試合が、ぼくを変えた」
その後の2打席、いずれも代打で見逃し三振を喫し、経験の苦さを噛みしめたまま2年目のシーズンは終わる。
次のシーズンこそは、積極的に、割り切って、狙った球を打ちにいく。そう固く誓った。
ただ、3年目を迎えるにあたってクリアしなければならない壁があった。1年目のオフにクリーニング手術を受けた右足首の状態が思わしくなかったのだ。「バッティングのときに体重が乗らない」といった影響もあり、迷いはあったが、2年連続となる同箇所のクリーニング手術を受ける決断をした。
リハビリの間、精神的には安定していた。自身に潜む「考え過ぎ」の傾向は昨シーズンの教訓で理解していた。だから、「いまできることに集中する」ことを自らに課すようになったのだ。
「ぼくはもともと、練習をやり過ぎるタイプ。量をこなせば、そのぶんだけ不安要素が消えて、打席での自信につながると思っていました。特に試合で打てなかったときは、『なんで打てないんだ』と考えながら練習していた。でも、もちろん体は疲れますし、いい方向には行かなかった。いまは、そうじゃないって自分でも気づいて、何をしなきゃいけないかだけを考え、効率的に練習するようになりました」
フォーカスすべきは、走攻守すべてにおけるレベルアップ。ファームで鍛錬を重ねた蝦名は、新型コロナウイルス陽性判定者が多数出たことに伴い、4月12日に一軍に昇格した。
3試合に出場し、6打数1安打、1盗塁。「不完全燃焼」で同25日、ファームに戻った。
5月6日、今シーズン2度目の一軍昇格を果たすと、代打で起用されながら安打を重ねたことで、蝦名の道は広がっていく。
チームは現在、日本生命セ・パ交流戦に入って12試合を消化したが、そのうち7試合でスタメン出場。この間、最も印象深い試合はどれかという問いに対して、24歳は意外な一戦をチョイスした。
「(5月26日の)スタメンで出たホークス戦ですかね」
6番打者の4打席の結果は、併殺打、セカンドゴロ、四球、三振。一見すると“ダメな一日”のようだが、状況を振り返ると内容があった。
第2打席のゴロは二塁走者を進める進塁打となり、次打者の関根大気が犠牲フライを放ってチームは勝ち越し。第3打席の四球も、後続の連打で追加点につながった。Hランプは灯らなかったが、久々にスタメンで出た試合で勝てた。そこで得た収穫が大きかった。
「そもそもホームランをバンバン打つタイプではないですし、進塁打だとかフォアボール、走ること、そういう小技でもチームに貢献できる。ホームラン狙いでスイングするよりかは、塁に出て、率を残して、走って。そういうことが自分の持ち味なのかなと気づかされた試合でした」
6月2日のバファローズ戦でプロ2本目のホームランを放ったが、それも「塁に出ることを意識してコンパクトに振った結果」だと話す。続くイーグルスとの3連戦でもつなぎ役として機能し、打率は.364(33打数12安打)にまで上昇している。
昨シーズンからの“脱皮”を象徴する事実がある。今シーズンここまで10三振を喫しているが、そのすべてが空振り三振であり、見逃しによるものはまだ1つもないのだ。
「追い込まれる前に自分から仕掛けていく。その準備を大事にしています。狙うと決めた球を打ちにいけているからこそ、見逃し三振がないのかなと。空振り三振をしても、去年までは落ち込んでしまってなかなか切り替えができなかったけど、今年はすぐに切り替えて、次の打席に向かっていけている。そこは大きな変化だと自分でも思っています」
故障者の有無や、各選手の調子の良し悪しで、外野手争いは長らく混沌としている。この間の若手の突き上げに期待する声もある。蝦名は言う。
「周りの声だとかは、ぼくは全然気にしてなくて。メンタルの部分で割り切って、自分がやるべきことをやることしか考えていないです。そこに尽きると思うので。今後も、オースティンがどうだとか、楠本(泰史)さんが帰ってくるだとか、そういう話が出てくるとは思うけど、ぼくは気にしていません。やるべきことをしっかりやれば、結果は出る。そう信じてやるしかないなって」
入団したとき、1年目から一軍で活躍する自分の姿を思い描いていた。だが、チャンスをつかみきれず、2度の手術もあり、想定より遅れているのが現状だ。ここからの挽回に向けて、蝦名は意気込みを語る。
「出遅れている感はあるけど、それだけ3年目にかける思いが強くなっています。今年はなんとしても、一軍で結果を残してレギュラーに定着するのが目標です。チームは借金がありますが、まだシーズンは長い。ぼくが走攻守でチームを引っ張って、セ・リーグ1位を目指していきたいと思っています」
決意のにじむ口調には、バットが出ぬままアウトになった、かつての消極性は微塵も感じられない。
ときには進塁打で、ときにはバントで、またあるときは一発長打で。チームのために身を粉にする。