コラム
限られた出番の中で
――戸柱恭孝が貫く“チーム論”
2022/08/08
ベイスターズは8月の第1週を4勝1敗で乗り切り、少しばかり遅れて始まったシーズン後半戦を上々に滑り出した。
「チームが流れに乗って、うまく回るようになってきた。最初のころは自分自身が描いていた理想とはちょっと違うものになりましたけど……。いまはチームが一体となって、一人ひとりが自分に分担された役割をまっとうしているんじゃないかなって思いますね」
チームの状況と自身が置かれた立場とをひっくるめて、戸柱恭孝は言う。
1週間のうちスタメンマスクは1試合。そんなペースでの起用が続くが、8月3日のカープ戦では先発の濵口遥大を6回2失点の好投に導き、3安打1打点とバットでも活躍。延長11回、4時間10分の激闘の最後までマスクをかぶり続けた。
2016年の入団から、今年で7年目になる。競争の激しい捕手の宿命として、光と影は交互に訪れてきた。
過去2シーズンも然り。主戦に返り咲いた2020年を経て、ファームで長い時間を過ごした2021年。歩んだ道を、こう振り返る。
「昨シーズンは自分の結果も出ていないし、チームも勝てていなかったので、悪循環というか、メンタル的にもよくなかった。特に前半戦は……。ただ後半になって試合に出させてもらったときに、打つほうの感覚も、守り、ピッチャーとのコミュニケーションの感覚も『あ、これだな』というものが見つかったんです。いい流れで2022年に入っていける。そういう思いがありました」
迎えたオフ、ある問いが頭を占めていた。
「監督やコーチが『この選手だったら使いたい』と思うような選手になるには、どうしたらいいのか?」
戸柱は言う。
「『こいつを使いたい』と思ってもらうのが、選手としていちばん大事なことだと思うんですよ。いままでなら、絶対にうまくなってやるという思いで、ひたすら練習を数多くやっていました。でもオフのころから、“自分に求められているものは何か”を考えて過ごすようになった。効率よく、というか。ぼく自身の考え方も、年々すごく変わってきているなって感じますね」
がむしゃらさでアピールするのではなく、注力すべきポイントを見極め、重点的に鍛えた。春季キャンプ、オープン戦と着実に歩みを進め、オフから温めてきた思いは結実する。
3月25日の開幕戦。そのスタメンマスクを託されたのだ。
今シーズンの中で最も感情が高ぶった一戦として、戸柱は3月30日のドラゴンズ戦を挙げる。
気合い十分で臨んだ開幕戦に大敗。その5日後、2度目の先発マスクをかぶり、石田健大とバッテリーを組んだ。
「チームとしてまず1つ勝つことや、ピッチャーが1勝目を挙げることって難しいと言われるじゃないですか。ぼくはキャッチャーもいっしょだと思ってて。あの日の名古屋で自分としての1勝目を挙げることができて、『よし!』という気持ちになりました。今年も絶対やるぞという思いがさらに強まった」
勢いづいて、4月1日、同6日と、戸柱はスタメン捕手を務めた試合で勝ちを重ねる。だが、このタイミングで新型コロナウイルスの陽性判定を受けた。
「症状もなかったので、すごくショックでした」
隔離期間が明けると、急ピッチで調整した。一刻も早くチームの力になりたかった。一方で、「『調整不足のせいで結果が出ていない』と言われるのも嫌だった」。そのため、かなりの焦りを感じながらの毎日だったという。
4月20日に一軍に復帰。出場を重ねながら、暗雲は徐々に垂れ込める。
昇格後、東克樹と3度バッテリーを組んだが、すべて黒星がついた。上茶谷大河とは2度組んで、やはり負けた。戸柱は言う。
「克樹とカミチャ、両方とも勝ちをつけられなかったので、しんどかった。年齢的にぼくのほうが上ですし、そういう姿を見せないようにはしてましたけど、やっぱりしんどかったですよ」
投手と話し合って対策を練り、それでも結果が伴わない。「ナイーブになる瞬間はありました」と戸柱は明かすが、コーチの言葉が救いになった。
「(石井)琢朗さん、相川(亮二)さん、(鈴木)尚典さんという野手陣の新しいコーチがよく言ってくれるんですよ。『束になって戦おう』って。点を取られたときも『みんなですぐ追いつくぞ』と。そういう言葉はぼくにすごく響きました。やっぱりぼくたちは1つのチームとして動いているので、個人ひとりの感情とかでチームから気持ちが離れていくのがいちばんよくない。自分の結果が出なくて落ち込んだときも、チームで一体になって戦うんだ、束になっていくんだという思いがあったので、気持ちの切り替えができました」
ただ現実として、戸柱が起用される間隔は少しずつ間遠になり、5月28日のライオンズ戦を最後にスタメン機会はしばらく途絶えた。次に先発出場したのは6月25日のカープ戦。およそ1カ月、ベンチから試合を見つめる日々は続いた。
その間の心境を、こう話す。
「ぼく自身は悔しい思いがものすごくありましたけど、それでチームはうまく回り出したので。感情をぐっとこらえて、出番が来たときにしっかり結果を出そう、チームの流れを止めないようにしようという思いでいました。ぼくにとっては、バッテリーコーチの相川さんの存在がすごく大きかった。『絶対にチャンスはあるし、やり返そう。いっしょになって戦うから』という言葉をかけてもらいましたし、いまはまだ言えないですけど、ぼくの心に残る言葉をもらえたときがあったので。次、自分が出たときにはやってやろう、という気持ちになれましたよね」
その戸柱の視線の先で躍動していたのは、1つ年下の嶺井博希だ。今年、いっきに主戦に躍り出て、スタメン出場はチーム最多の52試合を数える。
戸柱の目に、嶺井の姿はどう映っているのだろうか。32歳はからりと答える。
「ぼくも30歳を超えましたから。若手のころだったら、ライバルだとか、バチバチするようなところもあったかもしれませんけど、いまはチームで戦っているので。選手として悔しい気持ちはもちろん大事。だけど、そういう感情はなくなりましたね。ずっといっしょに一軍でやってる仲間ですし」
6月25日、久々にスタメン入りした試合では、濵口とバッテリーを組んだ。「絶対に結果を出したい」その一心で臨んだカープ戦だったが、試合に勝つことはできなかった。
“ハマトバ”が本領を発揮し始めるのは、次回登板、7月2日のスワローズ戦からだ。1-2で敗れたものの、濵口は7回2/3を1失点と好投。この試合以降5戦連続でクオリティスタートを達成するなど、現在に至るまで安定した投球を続けている。
週に1度のペースながら出場機会を得た戸柱は、打撃も好調になってきた。その話題になると、「うまくヒットが出てるような感じですけどね」と控えめな笑みを見せる。
「去年の後半戦につかんだ感覚を継続してこられましたし、相手ピッチャーによって、待ち方やバットを出す角度を変えるようにもしています。あとは振る量が増えたのかな。チーム全体として、バットを振る習慣がこれまで以上についてきたので、その効果もあると思いますね」
相手の守備位置を見てセーフティーバントを成功させるなど、いま打席での感覚は冴えているようだ。
8月3日、『YOKOHAMA STAR☆NIGHT 2022 Supported by 横浜銀行』として行われたカープ戦で、衿付きのユニフォームを着て試合に臨んだ。もちろん、コンビを組むのは濵口。だが、左腕の立ち上がりはよくなかった。
初回、2回と1点ずつを失う。そこで、ベンチに帰りバッテリーの会話がなされた。「今日はいいときのストレートじゃない」は共通認識だった。
濵口が「ちょっと違いますよね」と首を捻れば、戸柱はうなずき「こうやってみたら」と助言をする。2人で試合を重ねてきたからこそわかる、微妙な狂いと的確な修正方法。逆転して迎えた3回のマウンドから、濵口の球は一変した。
戸柱が言う。
「ハマちゃん自身も言ってましたけど、3回が始まったときから球が変わりました。ハマちゃんはすごく対応力、修正能力がつきましたよね。フォアボール連発で自滅することもないですし、悪いなりにゲームをつくれるようになった。少しでもそのサポートをできていることが、ぼくのやりがいでもあります」
延長11回裏、最後は宮﨑敏郎がタイムリーを放ってサヨナラ勝ち。その瞬間、戸柱は冷水のたっぷり入ったジャグを抱えてベンチから飛び出した。
試合に出て、勝つ喜び――。もっと味わいたいはずなのに、やはり真っ先に口をつくのは“チーム”と“役割”という言葉だ。
「いま、役割分担が決まっているので。自分が出るときはチームのため、バッテリーを組むハマちゃんのために、しっかり準備をして試合に挑みたいなと思います。もし、ほかのピッチャーと組むことになっても、スムーズに行けるような準備を欠かさずにやっていきたい。とにかくチームとして、いますごくいい感じで上がってきているので、もっともっと流れに乗っていけるようにしたいという思いが強いですね」
あるべき場所で輝くこと。束をなす繊維の一本一本が強靭になること。それが集合体としてのチームを強くすること。
戸柱は、そう信じている。