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コラム

このままでは終われない
――今永昇太、完封劇の裏側

2022/05/23

 5月17日、バンテリンドームは一人の男の独壇場と化した。

 ベイスターズの先発投手を務めた今永昇太。左腕から放たれる直球は球速以上の伸びを感じさせ、ドラゴンズの打者たちは空振りしては首を捻った。

 7回を終えるまでに許した走者は、単打と四球の2人のみ。8回以降に3安打されたが、それでも危なげなかった。13奪三振の完封で今シーズン初勝利を飾った今永は、試合直後のヒーローインタビューで淡々とこう話した。

「このところ(チームの)負けが続いていたので、なんとか自分で止めたい、そしてまた流れを持ってこられるような投球をしたい。その気持ちだけで投げました」

リハビリ中に去来した思い。

 2020年10月、左肩のクリーニング手術を受け、2021年5月23日のスワローズ戦で一軍に復帰した。その後は先発ローテーションをきっちりと守り抜いた。2022年こそは、健康な肉体で開幕を迎えられるはずだった。

 だが、春季キャンプで故障した。2月半ば、左前腕の肉離れが判明。今永は言う。

「自分が出す出力に細かい筋肉が耐えきれなかった。前腕を肉離れするとは思っておらず、盲点でした。早めにノースローにしたので開幕には間に合うかなと感じていたけど、肉離れという診断が出た以上は復帰プログラムに沿ってリハビリを行うことが必要だった」

 情けなさを感じつつも、現実を受け入れた。回復を待ちながら、トレーナーとともに、ケガをしにくい体の使い方を模索した。「力を出そうと思ったときに、正しいメカニズムではないことが自分は多い」。度重なる故障の根源を絶やす取り組みは、いまなお続く。

 リハビリに勤しむ日々、さまざまな思いが去来した。それらを、忘れぬうちにスマートフォンのメモに記録した。あるとき、こんな一文を打ち込んだ。

「このまま、ケガをする情けない選手として引退したくない」

 当時の心情を、今永は思い返す。

「今年で29歳になります。2020年は肩の手術があって、2021年は手術明けで出遅れて、2022年もケガで出遅れた。これで3年連続、シーズンにフルでいられないことが確定した。そうなったときに、(ファンから)『この選手、ケガが多かったよな』という印象を持たれたままで野球を辞めたくないな、と」

 誰に言われるまでもなく、自分がどう見られているかは理解していた。それでも、たとえばメディアからの取材に対して、「ぼくケガが多くて……」と、苦笑いで苦境を茶化すようなことは絶対にすまいと思った。「自分の価値を下げるような発言や発信はしない」と決めているからだ。

 ケガに泣いた選手――そんなイメージを覆すために、いまできることを見定め、常にポジティブであり続けた。

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「自分を疑ってしまった」

 5月6日のカープ戦で、今シーズンの一軍初登板を果たした。相手先発は開幕投手を務めた大瀬良大地。久々の舞台を前に、今永の心は躍った。

 1回表、ベイスターズ打線がいきなり大瀬良を捉えた。大田泰示と牧秀悟の本塁打で3点を先制。この上ない援護点だった。

 ところが、今永も初回につかまった。先頭打者からの4連打を含む5安打で2点を失う、苦しい立ち上がりとなった。

「ブルペンではものすごく状態がよかったんです。まっすぐはコースにビシビシ決まって、すべてのボールを操れて。ワクワクして、やってやるぞという気持ちがあったうえに、難攻不落の大瀬良さんから3点取った。そういったものすべて、自分を後押しするような風が吹いている、今日は勝てるんじゃないか、と投げる前から感じていました。そこで、相手につけ入るスキを与えてしまった」

 楽観は、一瞬にして薙ぎ払われる。先頭の堂林翔太に初球の直球を思いきり引っ張られて二塁打とされたのだ。このとき「一瞬だけ自分を疑ってしまった」。

 心に生じたわずかな乱れ。打者は続々と控えているのに、打ち取るビジョンを思い描けないまま投げ、連打を食らった。

 徐々に立ち直り、6回3失点と、先発としての最低限の務めは果たした。試合には延長線のすえに勝利した。ただ、悔いは残った。

 次の登板として予定されていた同13日のタイガース戦は雨天中止に。今永はスライドせず、同17日のドラゴンズ戦に回ることになった。

 金曜日から火曜日への移動については、前向きに捉えた。

「金曜と火曜には違う意味があるとぼくは捉えていて。どちらもカードの初戦ではありますけど、火曜日は週の頭ということで、チームの滑り出しがかかっている。金曜日プラスαがあるので、仕事しがいを感じるというか、ぼくはすごく価値を感じています」

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今永が語る「いいマインド」。

 ドラゴンズ戦を迎えたとき、チームは3連敗中で、負け越しは今シーズン最多の「7」に膨らんでいた。

 そうしたなか先発マウンドに上がる今永は、冷静に自他の状況を整理した。

「自己分析すると、いろんなことを背負いすぎたときはいい結果が出ていない。勝ってチームを勢いづけたいとは感じながらも、心の中では自分がやるべきことにフォーカスをして。自分のベストピッチをすればそれがついてくるという考え方に切り替えました」

 およそ2年ぶりにバッテリーを組む嶺井博希のサインにうなずき、投じた初球。やや浮いたストレートは、岡林勇希のバットに見事に弾き返された。

 センター前に抜ける打球を見つめながら、苦い表情を浮かべた今永。「先週と同じことをやってるな」と腹の中でつぶやく。ただ、そのあとの思考に違いがあった。

「次のバッターをどう打ち取るか。プランとビジョンがはっきりと見えていたなかで投げることができた」

 今永は言う。

「完封って、いつもたまたまだと思うんです。完投は、まず自分がいいコンディションで入ること。それと、いいマインドで投げられたかということが要因になってくるのかなと感じます。相手に助けられて完封というのはあるけど、相手に助けられて完投というのは、あまり経験がないですね」

「いいマインド」とは何か。説明は続く。

「仮に1点取られても、次はこうすればいい。先頭打者を出したとしても、こうやって抑えよう。それができなかったら、こうしよう。そうやって自分の前に壁がどんどんできていくというか。1枚壊されても、その次にすぐ壁ができる、そんな感覚です」

 初回の初球を打たれたとき、この試合の今永のマインドのよさが明らかになる。カープ戦と違い、壁の1枚目を突破されても、落ち着きを失うことはまったくなかった。

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威力あるストレートを投げられた理由。

 2人目の打者を迎えたところから、快投は始まる。

 次々と三振を奪っていく投球の中心を占めたのはストレートだ。投げた本人が感触を振り返った。

「本当に久しぶりというか、投げながら『ルーキーのときに投げていたストレートに似てるな』と感じていました。足を上げた瞬間に『差し込めそうだな』という感覚があって、逆に差し込めないなと思ったら、ちょっとずらして投げたり。そういうことができました」

 威力あるストレートを久々に投げられたのはなぜなのか。そのきっかけは、昨オフの自主トレ期間中にまで遡る。

「自主トレの最後のほうに、感覚的なものが生まれたんです。テイクバックと、リリースまで持っていくところの腕の使い方。『これ、まっすぐがめちゃくちゃ走るぞ』と。それがキャンプ中のケガともちょっとつながってくるんですけど……。キャンプでバッティングピッチャーをしたとき、春先では出したことのないような球速が出ていて、受けていた伊藤光さんも『まっすぐがいいね』と話してくれて。そういう腕の通り道があって、空振りやファールが取れるまっすぐが生まれてきたのかなと思います。この感覚は忘れそうもないので、自分の基準の一つにしていければいい」

 味方打線に4点の援護をもらい、試合は9回を迎える。表の攻撃で、今永に打席が回ってきた。その直前、嶺井から声をかけられた。

「打つ? 打たない? どうする?」

 はっきりとは言葉にしなかったが、「ここはスイングせずに、裏の投球に集中したほうがいいんじゃないか」という捕手なりの心遣いだった。

 今永は「バッターボックスで考えます」と生返事。1アウト走者なしの場面で打席に入った。

 すると、野手さながらの構えをとってマウンド上の投手をにらみつけた。今永は自分の心理を思い返す。

「4-0はセーフティーリードではないと思っていますし、ホームベースから離れて立って見逃し三振をしたら、つけ入るスキを相手に与えてしまうかもしれない。それに、9回裏も相手に向かっていかなきゃいけないなかで、見逃し三振をすることで、ぼくの闘争心の火まで消えそうな気がしたんです。だから、バットは振ろう、と」

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「自分がやらなきゃダメ」という自負。

 最後の打者をショートフライに打ち取り、今シーズンの1勝目を手に入れた。出遅れこそしたが、ここからのフル回転に周囲の期待は高まる。

 今永はひとつうなずき、強い口調で言った。

「自分がやらなきゃいけないことは、痛いほどわかっています。自分がここまでやってきたから、この試合は絶対に勝てる――そう言い切れるところまで自分を持っていくことはできていると思います。自分が投げる試合でチームが絶対に勝てるようにしていきたいですし、同点にされたりだとか、流れを悪くしてからリリーフにバトンを渡すような登板をできるだけ数少なくする。それができれば、チームは絶対にいい位置にいるはずです。自分がやらなきゃダメだという自負も持っておかなければならない年齢なので、その意識は常に持ってやっていきたい」

 帰ってきた背番号21は、5月24日、セ・パ交流戦の初戦となるホークス戦に先発する予定だ。新たな週の始まり、先頭に立って、チームを牽引する。

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