Icon SNS SNS

toggle menu toggle menu toggle menu

MENU

FOR REAL -in progress-

生き残りをかけて。

2019/08/26

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 東京ドームに着く前から、そんな気がしていた。

「スタメンで、打順は1番だろうな」

 梶谷隆幸の予感は的中する。

 8月23日、金曜日のジャイアンツ戦に合わせ、5月6日の抹消以来3カ月半ぶりに一軍昇格を果たした。チームは前カードのタイガース戦(京セラドーム)で3連敗。鈍った勢いのまま首位との直接対決に臨むわけにはいくまいと、背番号3にようやくお呼びがかかったのだ。

顔を合わせた青山道雄ヘッドコーチや田代富雄チーフ打撃コーチから、口々に言われた。

「頼むぞ。勢いづけてくれ」

 プレイボールは18時。ベイスターズの攻撃の最初の打席に、梶谷が立つ。この日の観衆は4万5543人。閉じられた空間にひしめく顔、顔、顔に囲まれて、まもなく31歳になろうという男の心臓は高鳴った。

「これだけ久々に(一軍に)上がると、1打席目はやっぱり緊張しましたね。普通にボールが見えてないっていう(笑)」

 相手先発、桜井俊貴の前に凡打に終わるも、N.ソトに3ランが飛び出し幸先よく先制。第2打席は早くも2回に巡ってくる。この時にはもう、冷静さを取り戻していた。

「あの日は結構、変化球が多かった。ただ、まっすぐは見逃したくない。まっすぐ待ちのタイミングで、変化球も頭に入れて」

 4球目のチェンジアップに梶谷の体は反応する。来ないボールに泳がされながら、それでもパワーは十分だった。持ち上げた打球は右翼ポール際に飛び込み、今シーズン第1号の2ランになる。久しぶりに耳にする大歓声のシャワーを浴びて、4つのベースをゆっくり踏んだ。

forreal

「とにかく1本でも多く打ちたい」

 昨年8月1日のジャイアンツ戦で死球を受け、右腕を骨折した。治癒に時間がかかるならと、以前から痛みのあった右肩にメスを入れた。

 オフを挟み、新シーズンの春季キャンプが始まる。その期間、常に肩の回復を最優先事項として時を過ごした。

 梶谷は言う。

「今年の6月ごろには痛みもなくなって、普通に投げられるようになりました。怖さはないです。日によって、球がいく、いかないっていうのはあるんですけど、そこはケアをしながら」

 キャンプはほとんどファームで過ごし、オープン戦には1試合も出なかった。にもかかわらず、開幕直前に一軍に合流すると、開幕戦に「1番・センター」でスタメン入り。スタートダッシュの最初の一歩を託された。

 この時点では、依然として肩への不安は消えていなかった。「大丈夫かな」と自らの肉体を気遣いながら、懸命にグラウンドに立った。だが、守備というより打撃でつまずく。6番に打順を下げた3戦目にツーベースを放ったが、続かない。16打数1安打の打率.063となった4月8日、一軍選手登録を抹消された。

 4月24日から5月5日までの約2週間を再び一軍で過ごしたが、10打数ノーヒット。2度目の抹消となった。

 スピードとパワーを兼ね備えた梶谷にとって、打撃の確実性は積年の課題だ。2017年にはリーグ最多の157三振を喫した。

 どうすれば打率は上がるのか。どうすればホームランが打てるのか。どうすれば三振が減るのか……。今年も、肩の治療と並行して、ずっとそれらの課題に向き合い続けてきた。

好感触を得るのは、7月に入ろうかという時期のことだ。従前よりグリップの位置をかなり高くして構えると、しっくりきた。

「ゴウ(筒香嘉智)とか、あとレベルは違いますけどイチローさんなんかも、よく打ち方を変えるじゃないですか。一方で、変えるのはよくないって言う人もいる。(宮﨑)敏郎も変えないし、内川(聖一)さんも昔、いっしょに自主トレをしている時に『変えるほど怖いことはない』って言ってましたしね。 ぼくは、とにかく結果を出すために、常にいいものを探してます。『また変えたのか』って周りに言われようが、そんなことはどうだっていい。ぼくは特に手(の位置)が気になる。いろいろ試していくなかで(いまの位置が)感触がよかったので、それを続けています

 感覚的な問題、と梶谷は言う。

「ぼちぼち打てるようにもなりましたし、フォアボールも取れるようになって、感触はずっとよかった。今年は気持ちの持ちようもいろいろ工夫してますね。たとえば4打数3安打だったからいいやって思わないように。今年はとにかく1本でも多く打ちたいと思うようにしています」

forreal

 貪欲な意識を持ち、バッティングに一定の手ごたえはあった。

 ただ、待ちわびた一軍昇格の声が、いつになってもかからなかった。

葛藤と戦い続けたファームでの日々。

 ベイスターズの外野では、若手を中心に、激しいポジション争いが繰り広げられている。昨日までファームにいた選手が、一軍に舞台を移し、活躍する。結果を残せなくなると、また別の選手が呼ばれ、アピールのチャンスを与えられた。

 その状況は、梶谷を苦しめた。「いろんな感情が湧き上がってきた」と、言葉を選びながら話す。

「ファームにいるのは自分の責任。シーズンの初めに打てなかった自分が悪い。でも、人間って弱い生き物で、いろんな粗探しをしてしまう。ファームで打っても『なかなかお呼びがかからないな』って……。正直、モチベーションが下がった時期もあるし、一日を無駄にしたこともあるし」

 ファームで過ごした長い期間、梶谷は葛藤と戦い続けた。あえて代弁するならば、「なぜおれだけが呼ばれないんだ」と歯噛みする思いを抱いては打ち消す、そんな日々の繰り返しだった。

救いとなったのは、妻の存在だ。

 昨年12月、梶谷は人生の伴侶を得た。家に帰り、チームメイトの前では決して吐かない弱音や愚痴も時にこぼれる。

 ある時、妻が発した一言が、梶谷の頬を打った。

「それを言って何が始まるの?」

 梶谷は穏やかな笑みを浮かべて言う。

「応援してくれますし、ハッパをかけてもくれますし、いいこと言うなあって思いますよ。気持ちを保てたのは妻のおかげ。持ち上げられたっていう感覚ですよね。 感情をいい方向に持っていってくれた。独りだったら、おれ、もう死んでるんじゃないかな(笑)。本当にありがたいです」

 夏場の体重減に関しても、妻の助けを得て、今年は2~3kg程度にとどまっているという。

 思考は、横に広がり、縦に深まる。梶谷はこんな話をした。

「苦しかったけど、自分がいちばんじゃないとも思っていました。12球団もあれば、ぼくより苦しい人はたくさんいるだろうし。それに、昔のことまで遡って考えたりもしましたね。 ぼくが若い時、中畑(清)さんに我慢して使ってもらった。当時、『なんであいつが使われて、おれは使われないんだ』って思っていた上の方もいたと思う。そう考えると、年齢が若い選手のほうを使いたくなる気持ちもわかる。ぼくはもう年配なんだから成績で示すしかないって、そう思えるようになりました。 長い人生のうちのたった4カ月弱ですけど、これほどいい経験はないなって。人として成長できたなって思いますね

forreal

「なんとか爪痕を残したい」

 だからといって、心を占める危機感が消えるわけではない。

 今年2月、梶谷のあるコメントが報道に乗った。

「あと2年で終わるか、5年やれるか。今年にかかっている」

 その思いは変わっていない。いや、ファームでの期間が長引くにつれ、前者の可能性が高まっていると感じずにはいられなかった。

「(一軍に)呼ばれる気配もなかったし、今年はこのままないのかなって。やっぱり人間なんで、『来年かもな』とか、『いや今年かもしれない』とか、そういうのは頭に過りました。嫌でも浮かんでくる」

だからこそ、8月も下旬に差し掛かった時期の一軍昇格は「率直にうれしかった」。

 たとえば2016年5月、苦境のチームに合流し、ホームスチールを決めるなどの活躍で流れを変えたことがあった。 いま、タイガース戦で3タテを食らった直後に呼ばれたのも、自分がいわゆる“起爆剤”として期待されているからだということはよくわかっていた。

 ただ、状況からして、梶谷にそこまでの余裕があったとは言い難い。昇格時点で今シーズンは残り27試合。「あと2年か、5年か」を分かつ勝負の時が、まさに始まろうとしていたのだ。

「ずっと仕事をせずにここまで来たので、残りの試合でなんとか爪痕を残したいなと思っていました。試合に出る以上はもちろん、チームを勢いづけたいという気持ちではいますけど、立場上はやっぱり、自分の結果を出さないと話にならない。今回ダメだったらヤバい、もう終わりだなって気持ちで上がってきましたし、 まずは個人として結果を出すことに重きを置いて、それがチームの勝ちに直結したらいいなって。とにかく必死でやりました」

盟友の思いも背負った。

 8月7日のゲームで左手を骨折した宮﨑と、その直後、ファームの練習場で言葉を交わした。宮﨑は普段どおりの表情で、何げない会話しかしなかった。だが、いつもと変わらぬ表情のその向こうに、感じ取れるものがあった。

「落ち込んではなかったけど、きついだろうなとは思いましたね。去年、ぼくが骨折した時、ぼくのぶんまでがんばると言ってくれましたし、 同級生は日本人では彼しかいない。彼ががんばったぶんを引き継いで、チームが勝てるように貢献したい」

forreal

 昇格即スタメンの8月23日の試合では、第2打席のホームランに続いて、第4打席にヒットを放った。東克樹の好投もあって、5-1の快勝。その味を思い返して語る言葉は、歓喜というより安堵に近い。

「かなり切羽詰まった状況で、自分のことで頭がいっぱいでしたから。なんとか結果が出て、それがチームの勝ちにつながったことがいちばんうれしかった」

 次戦、次々戦も梶谷が1番打者としてスタメンに名を連ねたジャイアンツとのカードを、チームは苦しみながらも勝ち越した。首位とのゲーム差は6となり、ジャイアンツにはマジック20が点灯している。それでも、6試合の直接対決を含む残り24試合、優勝をあきらめるにはまだ早すぎる。

 リーグ優勝の可能性を残してこの時期まで戦えていることは、13年目の梶谷にとっても初めての経験だ。この先に向けての決意をこう語った。

「ぼくはここまでいなかった。何もしていないので不思議な感覚ではあります。ここからは必死にやる。言葉で言うと簡単ですけど、技術より、気持ちで食らいついていきたいですね。プロ野球になんとか長いことしがみつきたいので、できる限りはやりたいと思っています。残りを必死にやるだけです。強い気持ちでやって、 それでダメだったらダメだし。腐らないで、とにかく悔いのない気持ちでやること。それが次の人生にもつながるのかなって思いますし」

 すべてに潔い男は、あっさりとそんなことまで言ってのける。

 若いチームにあっては中堅、ベテランと言われるが、まだ30歳だ。白球を追いかけ、勝ち負けに一喜一憂できる毎日を続けられるチャンスは十分にある。

 未来を自らの手でつかみ取らんとする「必死」のプレーこそ、チームを鼓舞する。

起爆剤たれ。救世主たれ。

 見せ場はまだまだ残っている。