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FOR REAL -in progress-

試行錯誤の日々を越えて
――2019年版の宮﨑敏郎

2019/05/13

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。

 喉が渇いていた。澄んだ水を湛えたコップを、久々に手にしていた。
 口に運ぼうとした瞬間、滑る。地に落ち、ガラス片が砕け散る。

 5月8日、新潟でのジャイアンツ戦。
 球界屈指の右腕、菅野智之に初回から襲いかかって3点を奪った。5回、6回にも加点して、7回表を迎えた時点で5-1とリードしていた。4連敗中、勝ちを渇望していたチームの喉を潤す1勝が、その気配を濃くしていた。

 だが、指先に油を差されたかのように、投手の球はゾーンを逸れた。このイニングだけで四球は5個を数え、溜まった走者を帰す長打が組み合わさった。
 一挙7失点の無情な結果だけが残る。水は地面にしみ込んで消えた。

 喉の渇きは潤せぬまま、次なる戦地、広島へ向かった。

理想どおりに体がうまく反応した。

 5月10日の広島は、最高気温26度の夏日となった。
 カープの先発、床田寛樹のこめかみは初回から汗で濡れていた。

 今シーズン、ベイスターズから2戦2勝を挙げていた左腕の汗は乾かない。2番に入った宮﨑敏郎が、見極め、カットし、10球を投げさせてなお打席に居座り続けたのだ。
 11球目、インハイへの145kmの直球を振り抜いた。打球は完璧な角度で上がった。左翼席を越え、新幹線を透かし見る防護ネットがその衝撃を吸収した。

 打った本人に、そこまで粘った感覚はないようだ。宮﨑は言った。

「11球目でした?後ろにいいバッターがいるので、なんとかつないでいこうって気持ちだけでした」

 対照的に汗の少ない今永昇太は、7試合目の先発登板にして、これまでどおりの安定した投球を続けていた。4回を終えた時点で無安打3四球。3-0と優位な展開ではあったが、もう一押しの援護がほしかった。

 そんな5回の先頭で、宮﨑の第3打席がめぐってきた。1ボール2ストライクと追い込まれてからの4球目、床田のストレートは右打者のひざ元、インローへと滑るように向かってきた。

 難しいボールを、巧みにさばいた。1本前よりやや低い弾道。それでも十分な飛距離があった。

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「昇太が一生懸命がんばって広島打線を抑えていた。なんとか追加点がほしいところで、一本出てよかった」

 同じ試合で飛び出した、第4号と第5号。満足度がより高いのは後者だという。

「チーム的には、貴重な追加点になったし、いい形で後ろに回せた。個人的には、いままでなかったような打ち方で打てたので、よかったかなと思います」

 試合中に発表されたホームラン談話の一言に、そのヒントは隠されている。

「インコースのボールをうまく回転して捉えることができました」

 宮﨑が補足する。

 「そのとおりです。『この球、こういうふうに打ちたいな』っていう理想どおりに、体がうまく反応してくれた

ぼくが出なければ、勝てたかもしれない。

 2017年は首位打者のタイトルを獲得、2018年も打率3割をきちんと超えて、これが宮﨑敏郎なのだと誰もがイメージを固めた。」

 ところが、今シーズンはその姿に現実がなかなか追いつかない。打率は、やっと2割に届いたかと思えば、またじりじりと下がった。4月を終えて.165。ファンは嘆き、復活をただ願うしかなかった。
 宮﨑は言う。

「原因として『ここだな』っていうのはもちろんあります。メンタルというより、技術的なところ。去年までやっててうまくいってたことが、今年は……。キャンプ、それからオープン戦まではうまくいってたんですけど、その最後のほうで『ん?』ていう打席がいくつかあって。そこからどんどんずれていったような気がします。いま思えば、ですけどね

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 不振に陥った宮﨑を、それでもA.ラミレス監督は起用し続けた。30歳は、試合に出られることをありがたく感じながらも、おのずと己を責める気持ちに苛まれた。

「申し訳ないなっていう思いと、(自分を使い続けていて)ほんとに大丈夫なのかなっていう思いと。ぼくが出なければ、ほかの人が出て、打つかもしれない。それで勝てたかもしれない。そういう試合が続いたこともあったので……

 メンタルという言葉には、さまざまな意味合いが含まれる。

 今シーズンの宮﨑について言えば、打てない理由がわからなくて落ち込む、途方に暮れるという心理状況ではなかった。ただ、結果が出なくてチームに迷惑をかけていることに申し訳なさが募り、決して明るくはいられなかったから、周囲が宮﨑の心を案じたのも無理はなかった。

 チームサポーター兼チーム付ゲームアナリストで、早出練習などに付き添ってきた三橋直樹は、その2つの側面に気づいていた。2017年から打撃投手として宮﨑と向き合ってきた三橋は言う。

「二面性があるんですよ。練習では、もちろん本人の中でいろんな微調整をしながらやってるんでしょうけど、そんなに調子が悪いようには見えない。でも試合になると、タイミングが合っていない、何かが少しずつずれてる感じ。だから、練習だけやってると、そんなに悩むほどのことなのかなって」

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いまの自分で、新しい形をつくっていきたい。

 三橋同様、解説者の多くが「いまの宮﨑は間(ま)が取れていない」と指摘した。それはあながち間違いではなかったのだろう。宮﨑は言った。

「ただ単に、間を長くするとかっていう考え方だと、原因がわからないんで。ぼくは『こうすれば間を取れる』っていうことを、しっかり深いところから考えながらやっていました

「間」という結果だけを求めて合わせにいくのは、付け焼刃の解決策にしかならない。宮﨑は、むしろプロセス、あるいはアプローチに目を向けた。なぜ間が取れていないのか。どうすれば間が取れるようになるのか。そこを解き明かすことが、より根本的な解決、それどころか成長につながると考えたのだ。

 ある時、三橋は、宮﨑の言葉を聞いて意外に思った。

「過去に戻りたくない。元のやり方に戻して打てるようになるんじゃなくて、いまの自分で新しい形をつくっていきたい」

 宮﨑は“自分の型”を持った打者だと言われる。5月1日、21打席ぶりのヒットを放った日も、何を大事にしてきたのかと問われ、「変えなかったこと」と答えていた。その彼が、これまでヒットを量産してきた“自分の型”に戻ることは目指さない、と言う。

 三橋が、そこに「矛盾」を感じたのもうなずける。
 変わろうとしているのか、変えたくないのか。いったいどっちなのかと疑問をぶつけると、宮﨑はきょとんとした顔を浮かべた。

「変えてはいないんです。変わったんです。意味がわかりますか?」

 宮﨑は続ける。
(過去とは)体も違う、体重も違う、筋肉量も違う。すべてが違うわけで、若いころに戻れっていっても難しい。しっかり、“2019年の宮﨑”でやりたいなというふうには常に思っています。2020年、2021年も、もし野球がやれたらの話ですけど、毎年毎年アップデートしていきたい。その変化に応じて、変えるんじゃなくて、変わっていけたらいいなと思うんです

 肉体を筆頭に、自分の意思にはかかわらず変わっていくもの。そこに抗ってはいけない。過去の感覚にこだわれば、変わりゆく現実との間にずれが生じ、それは次第に取り返しようがないほど大きくなっていく。

 自分の意思にはかかわらず変わっていくものは、受け入れる。受け入れることで、自分も自然と変わる。感覚と現実を一致させることができた時、そこに新たな宮﨑敏郎が生まれる。

 苦悩に満ちた開幕からの1カ月余り、宮﨑はそんな挑戦を人知れず続けていたのだ。

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トンネルは脱け出せていない。

 自らの肉体あるいは精神に起こっている微妙な変化を知ること、新しい自分に合わせて変わることは、簡単な作業ではなかった。宮崎は言う。

「いろんな人たちからヒントももらいましたけど、気づくのが遅かったかなと。試して、戻して、試して、戻しての繰り返し。自分の引き出しを一回出して、また戻しての繰り返し。そこで合ったものをやってみて、結果として出れば、『これでいっときは大丈夫かな』と思うんですけど、1日とか2日で終わってしまうと、『あれ、また違う引き出しを開けないとな』って。そんな感じでしたね」

 三橋には、10mほど離れたところからワンバウンドのボールを投げてもらうようにお願いした。自分の体がボールに向かっていってしまっていると感じていたから、「バットが出てくるスペースをつくりたい。その距離を取りたい」という狙いがあった。

 微細なずれの修正作業は、連日にわたって繰り返された。その先に、5月の月間打率.351の好成績と、あの床田から打った「理想どおり」の一発があった。
いまだに「トンネルは脱け出せていない」と宮﨑は言った。気持ちの変化を尋ねても、安堵の類の言葉は最後まで出てこなかった。

なんとかしてチームに貢献したいって気持ちのほうが強い。打撃がどうのこうのじゃなくて、守備でも何でもいいので貢献したい。やっぱり、(試合に)出させてもらっている以上は」

 宮﨑が2本のホームランを放った試合、あの日の1勝が、週4試合の唯一の勝利となった。負け越しは、今シーズン最大の11にまで膨らんでいる。
 訥々としながらも熱を込めて、宮﨑は言う。

「連敗したり、勝ったり負けたり。連勝することがなかなかなくて。ファンの方に残念な思いをさせる試合とか、申し訳ないなっていう気持ちは、ぼくたち選手もすごくあります。それでも一人ひとりが、なんとかしたい、なんとか苦しい時期を乗り越えようと思ってやってるので。この時期を乗り越えられれば、チームとしてもっと盛り上がっていけるし、ぼく自身もまた勝ちに貢献できると思う。そうやって上に近づいていきたいと思っています」

 渇いた喉を潤すには、水はまだまだ足りない。
 大粒の汗が流れる季節、勝利という名の美味なる水が、もっともっと必要だ。

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