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FOR REAL-in progress-
優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」

2018-10-08ラミレス監督が決断した、大きなチェンジ。-残り2試合、己の勝利で道を拓く




 大海に放った網に獲物は掛かった。たしかな手ごたえがあった。あとは右手、左手と交互に網をつかんで手繰り寄せれば、そこに私たちが欲した獲物、いや宝箱は姿を現すはずだった。

 週が始まった時、ベイスターズはCS進出争いを一歩リードしていた。10月1日、月曜日のタイガース戦に10-0で大勝。2試合を残すジャイアンツが仮に2連勝したとしても、ベイスターズは4勝2敗で3位に入れる。直近10戦を8勝2敗で駆け抜けてきた勢いを考えれば、それは十分にクリアできるラインだと思われた。

 しかし、現実は厳しい。

 2日、3日のスワローズ2連戦をともに1点差で落とす。チャンスはつくれど、あと一本が出ない。4日にはエース菅野智之を先発に送り込んだジャイアンツが勝利。6日のタイガース戦にまたも1点差でサヨナラ負けを喫したベイスターズは、自力でCS進出を決める権利を手放した。

 重苦しい空気が立ち込めた週の前半、一人の若者が懸命に黒雲を切り裂こうと奮闘した。笠井崇正、24歳。入団2年目にして、プロ初登板の日を迎えた。

 ここにいたるまでの歩みは特異だ。

 旭川西高から早稲田大に一般入試で進学。野球部の門を叩くも、2日後にはその門を出た。笠井は言う。

「野球だけをやろうと考えていたわけではなかった。野球をやめたとしても勉強もちゃんとできる大学ということで早稲田を選んだんです。野球部の厳しい環境で自分が4年間続けられるとは思えませんでした」

 だが野球への思いは、野球を離れてこそ膨らんだ。大学に在籍しながらBCリーグ・信濃グランセローズに入団。

 己の可能性を信じ、「大学生の独立リーガー」という誰も歩んだことのない道を切り開いていく。

 育成ドラフトで指名を受けて、ベイスターズから「105」の背番号をもらった。1年目の春季キャンプ、与えられた登板機会で結果を残し、指揮官を驚かせる。明るい未来はその時は見えていた。


「キャンプでいいアピールができたので、これをどれだけ維持できるかが1年目のテーマでした。トレーニングで体力をつけながら、技術的にも反省の繰り返し。安定していいパフォーマンスが出せるように取り組んでいました」

 今年、2年目のキャンプインを前にした1月12日に支配下登録され、背番号は「94」へと少しだけ軽くなった。


「この時期の支配下登録は珍しい。それだけ期待してもらえているんだと感じました。いつでも一軍に呼んでもらえるように準備をしておこうと思っていたんですが……」


野球は投手の“ストライク”から全てがはじまる



 3月半ばに肋骨を痛め、実戦復帰は5月。故障前の万全な状態へと戻すことに苦労した。特に制球の乱れをなかなか克服できなかった。

 笠井は苦笑交じりに振り返る。

「ピッチング練習ではできるのに、試合に入るとできなくなる。今年、(イースタン・リーグの試合で)フォアボール、フォアボール、ホームランというのを2セットやりました。両方とも楽天戦。忘れられないですね」

 そんな笠井に、ファーム投手コーチの川村丈夫は言った。

「ピッチャーはストライクに投げることしかできないんだ」

 その先に打者がいて、打球をさばく野手がいる。そうやって試合は動き、展開していく。言い換えれば、投手がストライクを投げない限り、何も始まらない。恐れずゾーンに投げ込め。恐れずゾーンで勝負しろ。それは笠井の球に強い力が宿っていると信じるからこその助言でもあったはずだ。

 9月21日夜、寮の自室にいた笠井の電話が鳴る。翌22日からの一軍合流を知らせる一報だった(出場選手登録は23日)。

「ビックリしましたね、すごく。うれしいという感情も出てこないぐらいでした」

 チームはCS争いの渦中にある。僅差のゲームが続き、出番のないまま1週間が過ぎた。

 ついにその名が呼ばれるのは、10月1日の甲子園だった。ベイスターズは8回表に5点を加え、リードを10点にまで広げた。その裏、石田健大がブルペンから駆け出した後、「9回は笠井でいく」との方針が本人の耳に告げられた。

「自分としても、(出番があるとすれば)こういう場面ぐらいしかないぞと感じてはいました。甲子園ではオープン戦で投げたことがあるけど、その時は2点取られてしまって、ちょっと不安はあったんです。でもマウンドに行ってしまえば関係ないというか。しっかり投げることができました」

 プロ第1球は、糸原健斗に対し、内角低めのストレート。いきなり150kmを投げ込んで、ストライクを奪った。4球目、149kmの直球で詰まらせ、セカンドゴロ。伊藤隼太はスライダーで空振り三振。陽川尚将はショートフライに打ち取った。

 笠井は言った。
「ストライクゾーンに投げられたので、もうそれだけでよかったと思います。勝ちゲームの最後、マウンドにいられたことは、最高の気分でした」

 その2日後、10月3日のスワローズ戦では初回で2失点した先発の京山将弥に代わり、2回から緊急登板。イニングをまたいだ3回には、1つの申告敬遠を含む3四球で満塁のピンチを迎えながらも、無失点で踏ん張った。

 今シーズン開幕当初の目標は「一軍でまず1試合投げること」。10月4日に登録抹消となったが、右腕が一軍でもぎとった9つのアウトは、未来へのたしかな布石となったに違いない。


誰もが驚いた、「1番筒香」の理由


 3連敗で後がなくなったチームは、広島に移動し、勝つしかないゲームに臨んだ。その試合前、A.ラミレス監督の発言に、取り囲んだ取材陣の誰もが耳を疑う。

「大きなチェンジをする。今日は筒香(嘉智)を1番で使う」

 2番以下はN.ソト、乙坂智、J.ロペス、宮﨑敏郎の上位打線。指揮官の目が策士のそれになる。

「ホームラン王のタイトルを争っている筒香を1番に置いて、その次にも同じくタイトル争いをしているソトを置けば、必ずどちらかと勝負しなければいけない状況がつくれる。今年は1番打者の出塁率で苦労したところがあるが、筒香は70個以上の四球を選んでいるし、1番で使うベストなタイミングだと思う。タイトル争いのためではなく、あくまで勝つために考えたラインアップだ」

 この試合が今シーズン最終戦となるカープには、リーグ最多タイ39本塁打で初のホームラン王をうかがう丸佳浩がいる。タイトル争いを巡って絡み合う思惑をも計算に入れ、ラミレス監督は常識破りの打順を編み出したのだ。

 初回、単独最多勝を狙う大瀬良大地はいきなり打席に現れた筒香を前に、神経質な勝負を強いられる。フルカウントの末に四球で歩かせ、続くソトには死球を与えてしまう。

 バントのミスなどもあり得点にはつながらなかったが、監督の描いた作戦は一定の効果を発揮していた。

 筒香は5度、打席に入り、3四球。1点ビハインドの7回2アウト二塁の場面ではエンタイトルツーベースを放って同点に追いついた。チャンスをつくり、チャンスで返す。その日、球場に着いてから告げられたという1番起用にも動じることなく、自分の仕事を淡々とやってのけた。

 2番のソトにも5度の打席が巡った。四死球で2度出塁し、ホームランキングに一歩近づく先制の40号2ラン、同点の9回には決勝の犠牲フライと、そのバットで3打点をたたき出した。


 ラミレス監督の勝利への執念が見えた試合だった。

 打順変更だけではない。申告敬遠は4つを数え、敵地の赤い声援に勢いを得たカープ打線に飲み込まれるリスクを徹底して避けた。8回にはマウンド上のS.パットンのもとへと自ら駆け寄り、セットアッパーの目に「ファイティングスピリットがあるか」を確認。信じて託した。

 CSへの望みをつなぐ勝利を手にし、こう語った。

「1、2番の打順が機能してよかった。何より勝てたことが大きい。野球は流れ、勢いが大事。今日をきっかけに、特に得点圏で打ち出してくれればと思う」

 残されたのは2試合だけだ。CS進出の条件には、ジャイアンツの敗戦が含まれる。


 ここまで来れば、美辞麗句は意味をなさない。広島で筒香が繰り返した言葉こそ、すべてだろう。


「勝つためにやるだけです。残り2つ、勝つしかない」