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FOR REAL-in progress-
優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」

2018-07-09苦しみの中で見つけた、あの頃の自分





 カード初戦に競り負けて迎えた、7月4日のジャイアンツ戦。ベイスターズは3回までに5点を挙げ、試合を優位に進めていた。

 だが、勝負を決定づけるダメ押しがなかなかできない。4回に2点を返され、3点差。先発J.ウィーランドが3巡目のクリーンアップと対峙した6回は、まさに正念場だった。

 1アウト一塁で、打席には亀井善行。長身右腕が投げ下ろした外角のストレートはセンター方向へ、きれいに弾き返された。

 その瞬間、青い影が脱兎のごとく駆け始めた。一歩を踏み出すたび背番号1が揺れた。両の眼は白球だけを追尾し、前方に迫る緑の壁をまるで無視した。そしてやはり兎のように跳ぶ。小さな体は勢いよくフェンスにぶつかり地に落ちたが、つかんだ獲物は離さない。走者の進塁を許すまいと、よろめきながら返球した。

 桑原将志は何事もなかったかのように振り返る。
「勘で捕りました。あんなの普通じゃないんですか」

 距離を1mでも読み間違えれば、フェンスへの激突は避けられなかった。一直線の背走に怖さはないのか――。桑原はまた端的に答える。

「まったくないです。そんなケガを恐れるようだったら、野球やめます。それはぼくのプレースタイルじゃなくなる」

 昨シーズン、ゴールデングラブ賞を初受賞。黄金色のグローブをたしかな武器とした24歳は言った。
「全部の打球、自分のところに飛んでくると思っていつも準備しています。守備力は自分のストロングポイントでもあると思う。打てる、打てないは(調子の波が)あるかもしれないけど、守備だけは必ずチームに貢献できる」


 1番だった打順が2番に降りたのが開幕3戦目。
 スターティングラインアップから名前が消えたのが開幕5戦目。
 A.ラミレス監督が下した非情にも思える即断は、期待の裏返しと見るべきだろう。3カ月が経ったいま、桑原があの日を思い返す。

「去年は我慢して使い続けてくれて本当に感謝してますし、いまの自分がいるのは監督のおかげだと思います。スタメン落ちの時は、ここまで早く落とされるとは想像してなかったし、正直悔しかった……。でも、その種を蒔いたのは自分。現状を受け止めて、これからどうしていくのか、見つめ直さないといけないなと思いました

 ルーキー神里和毅の活躍に、N.ソトの加入、梶谷隆幸の復帰などが重なり、外野は熾烈な戦場となった。桑原は5月18日から6月5日まで14試合連続スタメン落ちも経験した。不安定な出場機会に、持ち前の積極性も時にくすんだ。

「試合に出続けていれば、失敗もあるけど、その失敗を生かしながら考えることもできる。でも試合に出られなくて不安になる部分はあったし、正直、自分に期待を持っていない自分もいました」

 苦しい時期、支えとなったものは何か。その問いにしばらく考え込んだ後、桑原は言った。

「自分自身、しかないんじゃないですか」

 一時は薄れかけた己への期待感を、何とか取り戻すことができたのだ。
 いまの自分の苦境なんて大したことはない。もっと苦しい状況を乗り越えてきた人がいっぱいいる――。

 そんな思考を持てたことがきっかけだった。
「周りの方にいろいろ言葉をかけていただきました。ぼく以上に苦しい思いをしてきた人は、上の年代の方にもいる。小川(博文)コーチもそうだと思います。体験談も含めて、よくそういう話をしてもらいました。ぼくのモチベーションは小川さんの一言で保たれているような感じもします」




 ベンチから試合を眺める時間が増えるにつれ、一つのことを強く思うようになった。シンプルだが力強いメッセージを桑原は口にする。
「ベンチにいて、結果が出ずに悔しがっている人の気持ち、なかなか勝てない時のチーム全体の気持ち、そういうものがよくわかるようになりました。ぼく自身、試合に出続けたこともあれば、急に外される苦しさも味わった。そこから、『チームが苦しい時に自分が救いたい』『みんなが苦しい時にぼくが力になりたい』そういう気持ちが芽ばえたんです

 7月3日、ジャイアンツとのカード初戦、桑原のポジションは6月10日以来の「1番・センター」。その響きを久々に耳にして、笑みと一緒に本音をこぼす。

「そりゃ、いいですよ」


「(打球が抜けた瞬間は)全然覚えてないです。とりあえず。必死だったので……」



 7月4日の試合は、3点リードのまま7回裏に入っていた。
 直前の攻撃で嶺井博希に代打が送られたことを受け、ここからマスクは戸柱恭孝に託された。今シーズン、すでに3度の登録抹消を経て、前日3日に一軍に昇格したばかり。続投のウィーランドの球を受けた。

 ところが四球と二塁打でいきなり二、三塁のピンチを迎え、代打・阿部慎之助に2点タイムリーを浴びる。1点差に詰め寄られて、勝負はいっきにわからなくなった。

 だが、戸柱に焦りはなかったという。
「いままでだったら『また点を取られてしまった』『やばい』と思ってたんですけど、開き直って『同点まではいい』というぐらいの感覚がありました。いまは野球を楽しめてるんです。だからそういう気持ちの持ち方ができたんだと思う」

 バトンを受けたS.パットンが後続を断ち、1点リードのまま9回の攻防へ。ベイスターズ打線は澤村拓一を攻め立て、1アウト満塁のチャンスをつくったところで戸柱に打席が回ってくる。

 150キロ、151キロの直球2球で追い込まれた。決め球のスプリットを交えてくる澤村の投球に、戸柱はファウルで粘る。そして8球目、高めに浮いたスプリットを捉えると打球は右中間の人工芝に弾み、3人の走者が生還。実に4月30日以来となる今シーズン5本目のヒットを放った戸柱は、二塁上で控えめなガッツポーズをつくった。


 会心の一打のはずだが、思い出そうにも記憶はあいまいだ。

「ただ必死に食らいつこうという思いだけ。(打球が抜けた瞬間は)全然覚えてないです。とりあえず必死だったので……。それぐらいちょっと興奮してましたね」


『すべてにおいて力がない。』指揮官から伝えられた厳しい言葉



 入団1年目から、安定感を買われ主戦捕手に抜擢された。3年目の今シーズンも開幕捕手を務めた。しかし結果が出なかった。

 5月1日までに7試合でスタメンマスクをかぶったが、そのうちチームが勝利したのは1試合のみ。そして同6日、自身初のファーム降格を言い渡される。この時、指揮官から伝えられた言葉は厳しいものだった。戸柱は言う。

「『すべてにおいて力がない。しっかり自分を見直してこい』と言われました」

 翌7日、長浦の室内練習場で準備をしていた戸柱のもとに、ファーム監督の万永貴司がやってきた。この日は横須賀スタジアムでゲームが予定されていたが、その前に長浦へと足を運んできたのだ。

「わざわざ残留練習のほうに来てくれて、話をしてくれました。『いろいろ言われて悔しい気持ちはわかる。でもトバはこんなところでやる選手じゃないから、また気持ちを強く持ってがんばれ』と。若い選手がいる中でも、ぼくがやりやすいように環境をつくってくれましたし、『何とかしてあげたい』という気持ちがすごく伝わってきました」

5月22日に一軍登録、6月1日に登録抹消。
6月18日に一軍登録、6月23日に登録抹消。

 上と下を往復し、戸柱の立場はこれまでと打って変わって不安定なものになった。だが、それが初めての経験であるからこそ、発見も多かった。




「ファームでもがいている選手を間近で見るようになって、気持ちや考え方が変わっていきましたね。若い選手だけではなく、ベテランである後藤(G後藤武敏)さんや石川(雄洋)さんも野球に向き合っていた。その姿を見て、上(一軍)でやるのが当たり前じゃないんだということを実感すると同時に、野球を始めたころの気持ちを思い出したんです

 プロ入り後すぐに出場機会を得たことは幸運だったが、重圧にさらされる日々の中で忘れかけていたものがあった。

「3年目になって、今年こそは勝たなきゃいけないという気持ちが空回りしていた。ファームに行ってから映像を見返すと、『地に足がついてないな』『ふらふらしているな』ということがすごくよくわかった。もちろん勝つことが使命ではありますけど、野球を始めたころの『野球が好きだ』という気持ち、野球を楽しんでやろうという気持ちがいちばん大事なんだと再認識しました」

一軍の舞台を目指す仲間たちとの日々があったからこそ、5月31日の山下幸輝のサヨナラ打は「自分のこと以上にうれしかった」。7月3日、東京ドームで放たれた石川の今シーズン初安打も「めちゃくちゃうれしかった」。


『いい顔してやってるな』ってよく言われるんです。



 次は、戸柱の番だった。

 7月5日、カード勝ち越しをかけたジャイアンツ戦で、今シーズン11試合目のスタメンマスクを託された。コンビを組むのは駒澤大の後輩、今永昇太だ。

 試合前、戸柱はこう語りかけた。
「マウンドの上やベンチで反省するな。完璧な投球じゃなくたっていい。抑えられたら、それが正解なんだ。反省するのは試合が終わってからにしよう。打たれた時は、おれのせいにしていいから」

 今永は苦しみながらも踏ん張った。「自信を持って投げた球を何球も弾き返されましたけど、自分を疑うのではなく、もう一度自分を信じて投げきれました」。

抑えられたら、それが正解――。

 戸柱の言葉を思い返してはまた前を向き、6回自責3のクオリティ・スタートで、6月10日以来の2勝目を持ち帰った。

 この勝ちは、最後までマスクをかぶった戸柱にとっても大きなものだ。同点で迎えた4回には、勝ち越しの第1号ソロを放った。記者に手ごたえを求められても、出てくる言葉はやはり「必死」その一言だ。

 一軍に帰ってきてからというもの、バッテリーコーチの光山英和から、こんなことを言われるのだという。

「『いい顔してやってるな』ってよく言われるんです。自分じゃどうかわかんないですけどね。夏場、後半戦はすごく大切になる。これから、これからですよ」




 この試合、ヒーローの座を射止めたのは桑原だった。5打数4安打1盗塁の大活躍。さらに雨天中止2試合を挟んだ7月8日のタイガース戦でもマルチ安打。1点リードの9回にはセンター前に落ちそうな当たりに猛チャージをかけ、ダイビングキャッチ。東京ドームに現れた兎は甲子園でも飛び跳ねた。

「1番・センター」で起用された7月3日からの4試合で、19打席中12打席で出塁し、本塁を5度駆け抜けた。リードオフマンの務めを存分に果たした桑原は、こう言っていた。

「試合に出だしたころは無我夢中な自分がいた。その日、その日を迎えることが楽しみだったし、グラウンドに立つ喜びもすごかった。そのころの気持ちに帰って、グラウンドで躍動したい。まだまだチームは上に行けると思うし、そこに自分が貢献できるように日々ベストを尽くしたいと思います」

 さあ、難局も多々あった前半戦も残り3試合だ。奇しくも借金は3つ残っている(35勝38敗2分)。

 本拠地・横浜スタジアムで野球ができる喜びを噛みしめて、ファンとともに勝利を分かち合おう。苦しみを乗り越えた先に、必ず光は待っている。