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FOR REAL-in progress-
優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」

2018-06-11「ハッピーバースデー」の大合唱と降り注いだもう一つの祝福





 梅雨入りを迎え、空は重かった。

 雨天中止を挟んだライオンズとの2連戦で、棍棒のごとくバットを振るう相手打線に計7本塁打、17失点を喫した。6月1日のホークス戦から始まった連敗は今シーズン最長の「5」まで伸び、借金は「3」と徐々にかさんだ。

 6月8日、ファイターズとのカードが始まる。A.ラミレス監督は試合前、「過去の結果を変えることはできない。新しいシリーズを勝ち進んでいくしかない」と語り、未来だけに目を向けていた。


 指揮官の思いに応えるべく、カード初戦の先発を託された東克樹がこの日も躍動する。3回に1点を失うも、4回に宮﨑敏郎が逆転の2ラン。1点差の緊迫した展開のまま、試合は6回裏に大きな分岐点を迎える。

 2アウト二、三塁で、追加点の絶好機ながら、打順は8番。好投の東を続投させるのが最善策か、それとも代打で勝負をかけるべきなのか――。ベンチが決断を下したのは、東がいまにも打席に入ろうかというタイミングだった。

 グラウンドに駆け出してきたのは背番号61、中川大志だ。本人曰く、「『東がそのまま打つんだな』と思ったところで声がかかった」。すれ違った東に視線を送ることもない。「タイシ、行くぞ」と告げられた瞬間から「気持ちはピッチャーに向いていた」。


 2009年から9年間、イーグルスに在籍した。右ひざ手術からのリハビリに費やした2012年は育成契約。支配下選手に復帰した2013年は一軍で2打席。翌2014年は1打席。後がない状況に置かれながらも、岩壁にかけた手を自ら離すことだけはしなかった。


 支えになったのは、ただ一つの純粋な思いだ。中川は言う。
「野球が大好きで、野球ができる環境が本当に楽しくてしょうがなかった。苦しいこと、つらいことのほうが多かったですけど、大好きな野球を自分ができるということは本当にすごく幸せなことだったと思います。楽天には感謝の気持ちしかありません」


 2015年、膨らんだ蕾がほころび始める。一軍では実に5年ぶりとなるヒットを放ち、初ホームランも飛び出した。長打力を買われて4番に起用されるなど、この年、自己最多の62試合に出場した。

 だが花の命は短い。その後も一軍定着はならず、昨シーズン終了後、戦力外通告を受けた。覚悟はあったが、大好きな野球ができる場所を失う危機に心は沈んだ。

「クビになった年は上(一軍)で全然結果を残せなかったので『ついに呼ばれたか』と……。ショックだったし、つらかったし、何も考えられないような状況でした。家族は、ぼくがやりたいと思うんだったら協力すると言ってくれて、トライアウトを受けることを決めました」

そんな折、ベイスターズから獲得の打診を受けた。臙脂から青へとユニフォームを着替えた男は、いまこそ変わる時だと腹をくくった。





「びっくりしたし、すごくうれしかった。『打ちたい!』って気持ちが強くなりました」


 右の代打としての期待に応えられるようにと打撃に磨きをかけ、プロ10年目にして初めての開幕一軍入りを果たす。新天地で迎えたシーズン初打席でヒットを放ち、少ないチャンスの中で着実に結果を残していく。

 やや調子を落とした5月半ばに登録を抹消され、一軍に再昇格したのが6月7日。ファームで数多く打席に立てたことで、自分のスイングができる自信を取り戻していた。

 だからファイターズ戦の6回裏、勝負どころで代打に送られた中川に迷いはなかった。


打席に立つと、横浜スタジアムのスタンドから「ハッピーバースデー」の大合唱が起こった。その歌声は、28歳の誕生日を迎えた中川の耳にはっきりと届いた。


「びっくりしたし、すごくうれしかった。『打ちたい!』って気持ちが強くなりましたね」


 さらにこの時、にわかに大粒の雨が降ってきた。しかし、一打に懸ける中川の集中力は途切れない。初球のストレートにバットを振り抜くと、打球は三塁手の脇を抜け、レフト線を転々とした。貴重な追加点をたたき出した中川は、二塁に到達する前から右の拳を握り、喜びをかみしめるように力強く突き上げた。観戦に訪れていた妻と幼い娘も、大歓声を浴びるパパの大きな背中を目に焼き付けたに違いない。

不思議なことに、その時にはもう雨がやんでいた。苦難の日々を乗り越えてきた中川に贈られた、天からの祝福のようでもあった。





 この日、中川が球場にやってきた時、ロッカーにバナナが置いてあったという。ささやかな誕生日プレゼントの贈り主は「たぶん髙城(俊人)だと思います」。バナナがそれほど好きではない中川は、そっと東のロッカーにプレゼントを“横流し”した。

 中川と東は、ともにベイスターズの“1年生”だ。同じ境遇にある者として、春季キャンプの時から将棋を指すなどして仲を深めてきた。その東の代打として結果を残した中川は、安堵の笑みを浮かべる。

「あれだけいいピッチングをしていた東に代わっての代打でしたから、ランナーを還せて自分自身もうれしかったし、東も喜んでくれた。これからも、リーグ優勝、日本一を目標に掲げるチームの勝利に貢献して、ぼく自身がまだ経験したことのないCS、そして日本シリーズという舞台に立ちたいと思います」


 翌9日には、同じく新戦力の神里和毅が4安打1盗塁の活躍を見せ、ヒーローとなった。速球への対応に苦戦していた打撃の課題を克服するとともに、5回には相手の二塁手がファンブルする間にいっきに二塁から生還する好走塁。梶谷隆幸の離脱(腰痛により6月7日に登録抹消)もあって再び巡ってきたチャンスを、地道な努力と天賦の脚力でつかもうとしている。

 そして雨の中で開催された10日のゲームでは、今永昇太が今シーズン4度目の先発登板。防御率11点台と苦しんできた左腕は初回に1点を失ったが、2回以降は立ち直り、ストレートとチェンジアップの球質に“らしさ”が戻ってきた。5回3失点でつかんだ1勝(5回降雨コールド)は「完全復活」と銘打つにはまだ早いかもしれないが、次回登板に向け、たしかな前進を感じさせる投球だった。





 金土日の3連勝で、セ・パ交流戦は5勝5敗、シーズン戦績も26勝26敗2分の5割に復帰した。明日12日からはマリーンズ、バファローズとのビジター6連戦。

 ここできっちり勝ち越して、2位から6位が2ゲーム差にひしめくセ・リーグの混戦から抜け出したい。その先に、5.5ゲーム差で首位をいくカープの背中が見えてくる。