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FOR REAL-in progress-
優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。
“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」

2017-11-06一つの物語が終わり、新たな物語が始まる




 レギュラーシーズン最終戦からちょうど1カ月、ポストシーズンの14試合目、どのチームよりも数多くの試合を戦ったベイスターズの進撃は、福岡で止まった。


 11月4日、日本シリーズ第6戦。

 白地に赤のストライプが入ったユニフォームで9割がた埋まったスタンドは、遠目には薄紅色に見えた。一斉に打ち鳴らされるメガホンの音は閉じられた屋根に反響し、スタジアムDJのハイトーンボイスが密室の空気をさらに震わせた。

 2回、ホークスの元気印、松田宣浩が先制のソロ本塁打を放った。お決まりの「熱男!」コールがこだました時、ヤフオク!ドームは熱狂に包まれた。

 しかし、沸騰する鍋の真ん中に妖しい炎はすでに立ちのぼり始めていた。バットを担いで打席に向かったホークスの打者たちが、一塁に走ることなく首をひねりながらベンチへと帰っていく。一人、また一人とその数が増えるにつれ、さっきまで煮えたぎっていた水面にはさざ波しか立たなくなった。

敵地を制圧していたのは、今永昇太のピッチングだ。刃物のようなストレートを軸に、スライダー、チェンジアップを自在に操る。終始攻めながら、ヒートアップした打者には諭すように緩いボールを届けた。7回を終えた時点で許したヒットは松田の一発のみで、スタメン全員から11奪三振をマーク。そのすべてを空振りで奪い取った。



 2年目左腕の快投に打線が応えたのは5回だった。
先頭の打席に、白崎浩之が入る。打撃練習のスイングに調子の良さを感じ取ったA.ラミレス監督が、この大一番の指名打者に抜擢していた。

 今シーズン55打席にしか立てず打率.185に終わった2012年のドラフト1位は、東都大学野球で鎬を削った東浜巨のスライダーを、完璧に捉えた。


「先発で起用してくれたチャンスを、結果で返したいと思っていました」
 CSファイナルステージ突破を決めた直後、自身のFacebookで思いを吐露していた。重圧をものともせず躍動する仲間たちを称える一方で、こみ上げる感情があった。


「あの人達の姿が本当にカッコよくて、そして、悔しくて悔しくてたまらなかったです」(Facebookより引用)


 青く染まるレフトスタンドへ狙いすましたように放り込んだソロ本塁打は、「俺もここにいるんだ!」と誇示するかのような快打だった。

 後続の打者たちも思いをつないだ。倉本寿彦と桑原将志が連打を放ち、梶谷隆幸はバントで自身を犠牲にした。2アウト二、三塁の得点機がそうしてつくられるのを目にしながら、打点王の集中力は極まった。


「みんながつないでくれたチャンス。ランナーを返すという強い気持ちで打席に向かった」


 フルカウントからの6球目、高めに浮いた変化球をJ.ロペスが強烈に引っ張った。2人が生還していっきに勝ち越し。勤勉なる助っ人は一塁上で感情を爆発させた。


 この試合、勝てる。


 3勝3敗の逆王手で、第7戦、洞穴に追い込んだ鷹をついに捕まえられる。
 そんな明日を描くことはたしかにできた。

 だが、両軍のスコアにゼロが並ぶ間も、事態は微妙に動いていた。立っている地面の真下で起きている地殻変動のように、ゆっくりと、しかし確実に動いていた。

 ホークスはビハインドの展開にもかかわらず、勝ちパターンの継投に入った。ベイスターズは6回に2アウト三塁、8回に2アウト二、三塁の好機をつくりながらも追加点を奪えなかった。

 好投を続けていた今永は6回、この試合はじめての四球を甲斐拓也に与え、2回以来の走者を出した。続く柳田悠岐にも四球。100球が近づいていた。


 地下でうごめいていた何かが地表に顔を出したのは8回だ。
 ホークスの先頭、長谷川勇也がセンターオーバーの二塁打を放ち、今永はここでマウンドを井納翔一に譲った。すかさず代打に明石健志が送られる。展開はめまぐるしい。

 セカンドゴロの間に走者は三進。井納の後を受けた砂田毅樹が柳田と対峙する。猛烈なスイングにボールは当たり損ねた。ゴロを捕球した砂田は三塁走者を目で牽制した。走者は中途半端な当たりに中途半端なスタートを切っていた。

 それでも砂田は、あくまで視線による牽制にとどめ、一塁で確実にアウトを重ねる選択をした。その間隙を突かれ、1点差に迫る本塁生還を許した。


一つのプレーに正解も不正解もない。勝利で終えれば冷静な判断だったと称えられたかもしれない。敗北につながれば「あの1点が」と責められるのかもしれない。だが、未来はその時が訪れるまで誰にもわからない。


 9回裏、満を持して守護神の山﨑康晃がマウンドに送り込まれた。デスパイネをショートゴロに打ち取り、微かな安堵を得た直後のことだ。4番・内川聖一への3球目、ツーシームがインローに切れ込む。すくい上げるように出したバットがその芯を捉える。高く上がった打球は筒香嘉智の頭上を通過し、グラウンドには落ちてこなかった。



 今シリーズはじめての延長戦にもつれ込んだ。

 ホークスは9回から登板したサファテを10回も、11回も続投させた。明日を眼中に置かない、なりふり構わぬ策とも言えた。相手も勝つために必死だった。

 11回裏、今シーズン途中にトレードで加入し、パワフルな投球でチームを救ってきたE.エスコバーが制球を乱した。2者連続の四球で、1アウト一、二塁のピンチを迎えた。

 その名をコールされたのは三上朋也だ。強心臓と謳われる右腕は緊張を知らないわけではない。張りつめる空気の中でも己を失わない強さがあるだけだ。
 先制ソロの松田を攻め、サードゴロに打ち取る。打球をつかんだ宮﨑敏郎は三塁を踏んで二塁走者を封殺し、一塁転送でダブルプレーを狙った。しかしわずかに球が浮いた。駆け抜ける松田はロペスのミットをかいくぐり、ホークスに攻撃の続きを残した。

 次打者の川島慶三が放った当たりは鋭く、柴田竜拓の脇を抜けた。二塁走者の中村晃は迷わず三塁を蹴っていた。前進守備の梶谷が本塁めがけて返したボールは嶺井博希の目の前で――消えた。激闘の痕跡がそこにわずかな凹凸をつくっていたのか。あるいは神の気まぐれか。気づいた時には不自然に大きく跳ねた白球は嶺井の頭上にあり、その眼前で中村が頭から滑り込んでいた。



 黄金の紙吹雪が舞う中で喜びを分かち合うホークスの選手たちを、三塁側のベンチからチーム全員が黙ってじっと見つめていた。涙をぬぐう選手もいた。日本シリーズという最後のステージまで戦い抜いてきたからこそ、味わうことのできる悔しさだった。そこにいるほとんど全員がかつて出会うことのなかった感情だった。日本一の頂は、遠いようで近く、近いようで遠かった。


 すべてのセレモニーが終わり、引き上げてきた今永は毅然と言った。
「ベンチで相手のサヨナラのホームインを見て、相手のスタンドも見て、いろんな表彰も目に焼きつけました。悔しい結果を目に焼きつけました。来年、あの場所に自分たちがいられるようにやりたいと思います」

 主将の筒香も現実を直視し、淡々と言った。
「はじめての日本シリーズでいろんな経験はできました。ただ、レギュラーシーズンでは3位だった。チームとしても、個人としても課題はある。リーグ優勝に向けてやるしかない」


 ここまで歩みを進めてこられたこと。
 重厚な戦力を擁する相手にひるまず立ち向かったこと。
 わずかなミスが、あるいは運が、天国と地獄を分けること。

 その経験すべてが財産だ。自ら勝ち得た財産だ。

 来年、もう一度、この舞台に帰ってこよう。
 今度はセ・リーグの覇者として。

 横浜を、ベイスターズを愛する全員が、それを願っている。(完)